白日



遠くで雷が、らいらいと喘いでいる。まだ雨音はしないけれど間もなく夕立が来るだろう。不穏に立ち込めた灰色の雲が窓の外に見えた。
「ねえ、……はやく」
 薄暗い夏の昼下がり、ひんやりとした病院の診察室。昼休みで看護婦も外へと出掛け誰も居なくなったそこでひっそりと抱き合う、私と、弟。
ふらりと水菓子をもって訪れた望を気まぐれに任せて白いベッドに誘い込んでから、そう時間は経っていなかった。
ぬるい空気とおなじ温度の惰性のままゆるやかに慈しむうちに、弟は少しずつ体温を上げた。襟元から差し込んだ手で脊椎をひとつひとつなぞると次第に私の耳元に、熱い溜め息が零れた。
「兄さん、……ねえ、はやく」
組み伏せられて私の下敷きになった望が熱に浮かされたように呟く。
細い指がためらいがちについとこちらへ伸ばされてわたしの首を引き寄せた一瞬、その潤んだ目にふと違和感を感じた。
いつもよりも切羽詰ったような、
「―――ああ」
不安げな目、縋るような眼差し、
「おまえはまだ雷が苦手なのか」
ざあ、と音をたてて窓の外で大粒の雨が降り出した。ふとそちらに一瞬気を取られた私に、拗ねるように望が囁いた。
「あんな風に、何もかもを洗い流すみたいに、して下さい」
そう言っていじらしくぎゅうと抱きつかれては、拒むことなど。
腕の中には弟が居て、欲しがりあって、溶けあって、満ち足りて、四方を白いカーテンと雨音に囲まれたここはまるで二人のシェルターみたいだ、と思った。
世界にたった二人きり取り残されたような錯覚さえ起こすような、それが、ひどく幸せだった。

夕立はまだ、止まない。


2008.07.20